勧誘編より
目次
両親の前で泣く
久しぶりにせいちゃんと話せて本当に良かった! ずっと謝りたかったことも言えて本当によかった。
セミナーのことで嫌な気持ちにさせてしまったらごめんね! 返事もらえるとうれしい!
なんでも相談のるし、なんでも話してね!
萌にブレイクスルーテクノロジーの勧誘電話を受けてから、わたしは2日間寝込んでしまった。
完全に寝たきりで、トイレに立つ以外は眠って過ごした。
なにも食べなくても平気だった。どうしてもしんどい時だけゼリー飲料を口にした。
3日目でいよいよ体の衰弱が始まり、生命の危機を感じた。
とりあえずベッドから出ると「今回の件を誰かに相談しよう」と思った。
しかし友達に話すには重すぎた。そこでまずは両親に話してみることにした。
夜。
わたしはリビングに父・母がいるのを確認すると、
「金曜日にね、友達から電話があったんだ」と打ち明けた。
その時、2人はテレビでNBL日本シリーズを見ていた。わたしが話し始めた瞬間、母はテレビを消した。
わたしは両親に洗いざらい打ち明けた。
大切だった友達が「ブレイクスルーテクノロジー」という怪しいセミナーにハマってしまったこと。
家族ぐるみでセミナーに入っているので、自分にはどうしようもできないこと。
彼女が洗脳されていて、操り人形みたいになってしまったことが辛かったこと。
気が付けば数十年ぶりに、両親の前で泣いていた。嗚咽が止まらなくて、おんおんと声を上げて泣いた。
「残念だけど、そうなっちゃったものは仕方がないよ。諦めて離れるしかないよ」
わかってる。
「俺だって、中学時代に仲が良かった奴がいたけど、大人になって絶縁したことがある。そういうもんだって思って進むしかないんだ」
わかってる。
わかってるのに、気持ちを全く切り替えられない。
それでも次にやるべきことを考えた。
わたしは彼女に対して「NO」を言わなくてはならない。
自分は彼女のことが好きだった。彼女を心から信頼していた。しかし、どんな積み重ねがあったとしても
「ダメなものは絶対にダメ」なのだ。
彼女との友人関係が「セミナーを受けることでしか維持できない」というのなら、そんな関係はお断りだ。
ブレイクスルーテクノロジーは洗脳セミナーか?
ようやく気分が落ち着いたので、まずは
「なぜ彼女は洗脳されてしまったのか?」
「ブレイクスルーテクノロジーではどのようなセッションが行われているのか?」
について調べてみることにした。
「これはダメだ……」
ブレークスルーテクノロジーコースは「3日+1日」の計4日間で開催されるのだが、セッションの時間は
「午前9時から午後10時まで」と、拘束時間がものすごく長い。
(参加者を日常から隔離し、判断力を落とすことを、洗脳プロセスで『分離』と呼ぶ)
しかも参加者の話によると
「セッション後に宿題を出される(知り合いに電話をかけさせられる、手紙を書かされる)ので、睡眠時間はほとんどない」という。
また、セッションでは「人間関係で中途半端に終わってしまった人に電話をかける」という課題があるという。
参加者は「仲の悪かった父と仲直りできた」「勘当した息子と話せた」などと感動を共有し、会場は興奮の渦につつまれる。
この体験を通じて、なぜか参加者は
「本当にこのセミナーはすごい!」
「自分はなんでもできるんだ!」
という、根拠のない自信がわいてくるのだそうだ。
そうして判断力が鈍った子羊たちは
「衆人の前で過去のトラウマを大声で話させられる」
「『人生は無である』ということを徹底的に叩き込まれる」
など、人格否定・思想改造を行われる。(これを『移行』と呼ぶ)
そこに
「人生は無だから、なにをやってもOK。自分の好きなように振舞おう!」(※意訳)
という思考を教え込めば、萌のような操り人形の完成という訳だ。(洗脳の最終プロセスで『統合』と呼ぶ)
こちらがセミナーを受けた受講生のご尊顔。(※目に注目!)
最後に
「次のコース(25万)の勧誘」
「この感動を『課題』として、周りの人にシェアするよう勧める」
という宿題が出されて、セッションは終わる。
心の底からアホ臭かった。
スマートな勧誘の断り方とは?
萌に返事を送るうえで意識したことは以下の通り。
・「セミナーには参加しない」とキッパリ宣言する
「考えさせて」「保留させて」など、煮え切らない言葉は決して使わないこと。1mmたりともつけ入るスキを与えないこと
・感情的にならない
ムキになっても状況は良くならない。あくまでも論理的な話し合いを行うこと
・相手の感情を否定しない
「セミナーなんてカルトだ」「お前は間違ってる」
など、相手を否定するようなことを言わない。逆効果である
何日も考え抜いた結果、わたしは以下のメッセージを送った。
「とても残念な気持ちになりました。
セミナーは受けません。
理由を言う必要もないし、それをあなたに納得してもらう必要もありません。
あなたは全然、人の話を聞かなかった。「わたしが効果あったから~」「あなたのためになるから~」ばっかり。それを一時間も」
ここまでは及第点。
しかし、ここからが良くなかった。
「頼むから、これ以上そのセミナーにのめり込まないで。
友達を勧誘するのは絶対にやめて! 孤立して、もっと恐ろしいことになっちゃうから。
もう絶対に、俺の前でセミナーの話はしないで。お願い」
これは0点。
あれだけ感情的にならないって決めたのに。逆効果だとわかりきっているのに。
心の中の「まだ、彼女を取り戻せるかもしれない」という感情が暴走して、すべて台無しにしてしまった。
すぐに返事が来た。
「そんな気持ちにさせてごめんね。せいちゃんの気持ち受け取ったよー!!本当の気持ち話してくれてありがとう!!」
プッツン。
この無神経なメッセージで、ようやく彼女をあきらめる決心がついた。
こっちのメッセージが0点なら、彼女はマイナス100点だ。
この慣れた言い回し。すでに彼女は同じ言葉を何十、何百と言われているのだろう。
もう「何を言っても無駄」だし、「彼女は本当に帰ってこない」のだ。
また涙が出てきた。
萌の致命的な嘘
彼女の信用は失墜する一方だった。
〇〇〇グループ担当者様
御社の人事研修について質問です。
御社にCAとして勤めている友人から、
「企業研修で『ランドマークワールドワイド』という会社の『ブレイクスルーテクノロジーコース』というセミナーを受けたが、とても素晴らしいセミナーなのでぜひ参加してほしい」
という勧誘を受けました。とてもしつこい勧誘で迷惑でした。上記セミナーを御社が人事研修で行っているというのは事実ですか?
萌は「企業研修でせいちゃんのことを思い出した」と言っていた。
大手航空会社がこんなセミナーを研修に使っていたら、大きなスキャンダルである。企業イメージに傷がつく。
数日後、企業から回答が来た。
頂戴いたしましたお問い合わせにつきまして、
弊社担当部に
確認をいたしましたが、該当するセミナーは弊社では実施していないとの
ことでございました。
「ですよね……」
萌の「企業研修でセミナーを受けた」という発言は、真っ赤なウソだったのだ。
なぜそんなウソをつくのか? 「自己啓発セミナーを受けてあなたを思い出した」なんて言ったら、相手に警戒されるからだ。
わたしはキレた。
そして絶縁へ
萌との絶縁を決心したわたしの元へ、また追伸メッセージが届いた。
「あれ、もうひとつメッセージ送れてなかった!失礼!
もうコースの話はしないから安心してね!
これからもなんでも話せる関係でいたいと思っているからこそ、他に何か思うことがあったらなんでも言ってね!」
彼女が何度も追伸メッセージを送ってくる理由が、やっとわかった。
彼女は彼女なりに「他人をセミナーに売るうしろめたさ」と戦っているのだ。
もっとも、もう何を言われても手遅れだった。
彼女はこれからどんどん友達を失っていくことだろう。情熱が空回りして、ますますセミナーに傾倒するのは間違いない。
そうなると、必ず人間関係に不和が生じる。それは旦那や子供が相手でも例外ではない。
それも、すでに自分には関係のないことだ。
わたしが送ったメッセージは以下の通り。
なんか、カモをキープしようとしてるみたいで気分が悪いね。
まだ、自分のしたことの重大さに気づいていないみたいだから、ハッキリ言うね。
あなたはもう友達ではありません。
あなたはたった1時間の電話で、9年間の信頼を失いました。
セミナーの勧誘程度で? そう、セミナーの勧誘程度で。
善意でやってるのに? そう、善意でやってるのに。
「嫌な気持ちにさせてごめんね」なんて言葉じゃ絶対に許さない。
それぐらい、あなたは人のプライドを傷つけた。
友情と信頼を踏みにじるような行為をした。
「今日、セミナーに入るかどうか決めて!」とのたまう傲慢さ、
人の悩みや辛さを聞き出して、それを勧誘のダシに使う非情さ、
人の話を全く聞かず、あなたのためと押し付ける思慮の浅薄さ、
「何でも話せる関係?」 笑わせんな。
人の不幸につけ入ってセミナーに勧誘するような奴に、俺が何でも話すと思う?
もう一度言うけど、あなたはもう友達ではありません
返事はいりません。どこかへ行ってください
このメッセージを見ても、彼女はわたしが怒っている理由が理解できないだろう。
きっと「おすすめのセミナー紹介しただけなのに、なんかブチ切れられたんですけど」ぐらいに思っているのだろう。
旦那・母・義母・妹までどっぷりのカルトファミリーにとって、このメールは
「蚊に血を吸われた」ほどの痛みも与えないだろう。
それでいい。もう自分にできることは何もない。
もちろん彼女からの返事はない。
それから
萌と絶縁してから1週間たつが、その決断を後悔したことは一度もなかった。
それでも、いまだに彼女とのメッセージ画面を開いてしまうのはなぜだろう。
彼女から
「わたしが間違っていました。セミナーは辞めました。また友達になってください」
なんて返事が来るのを期待してしまうのはなぜだろう。
ごめん。やっぱりこう送るべきだったのかな?
「萌。今はセミナー効果で気分が良いと思うよ。自己啓発本とか読むと、『自分が何でもできるような気持ちになる』よね。
でも、これからの人生で、セミナーの教えだけじゃうまくいかないこと、きっとあると思う。
旦那さんだって、毎年売り上げを7倍にできるわけがないよね? それと同じ。
絶対に、どこかでつまずくと思う。
そんな時はセミナーの外の人に頼るようにして。
困った時にセミナーに救いを求めたら、ますます視野が狭くなっちゃうよ。
もし、本当にどうしようもなくなったら、また俺に連絡して。
理由は一切聞かないで、萌を助けるから。
俺たちいつかまた、友達になれる時が来たらいいね。その時はいっぱい話そうね」
ごめん。やっぱり萌を突き放すべきじゃなかったのかな?
いや、これでいいんだ。
わたしは彼女と絶縁したことを後悔していない。
どうかそう思わせてほしい。
最後に
人生の質を、劇的にポジティブに変化させ続ける
調査に協力した参加者の94%以上が、
ブレークスルーテクノロジーコースは人生に深遠で持続的な違いを作った、と回答しています。
――ブレイクスルーテクノロジー公式HPより
わたしは萌を洗脳した「ブレイクスルーテクノロジーコース」を、心の底から憎んでいる。
それこそ、人としての道を踏み外してしまいそうなほどに。
「ランドマークワールドワイド」の「ブレイクスルーテクノロジーコース」は、今日も活動を続けている。
萌の言うことが正しければ、セミナーは数ヶ月待ちの大盛況なのだそうだ。
今日もどこかで、熱心な勧誘員が産声をあげる。
彼らを突き動かすのは、お金でもノルマでもない。
「心の底からこのセミナーを広めたい!」という、100%の善意なのだ。
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